石油地政学史⑧ IMF「債務の罠」- 債務破綻 → 国家主権強奪 / グローバリズムのトリニティとは?
更新日:石油を支配すれば、諸国を支配できる。ヘンリー・キッシンジャー
前回の石油地政学史⑦では、ビルダーバーグ会議で発表された内容通りに発生した石油ショックを利用し「ペトロダラーシステム」を完成。
英米金融機関がまたしても「大西洋環流マネー」システムで大儲けしたことがわかった。
第8回目となる本稿のテーマは「IMF」。英米がIMFという国際機関を通じて各国に干渉し、国家主権を剥奪する仕組みを取り扱う。世界最強の軍事力を背景にした、新型帝国主義の植民地支配システムだ。
- 本稿の前提となる地政学「ハートランド」については別項をご覧頂きたい。
- 本シリーズでは、ハートランドを巡る近現代史をウィリアム・イングドール氏著書*の助けを借りて早足で振り返ってみた。
- 本シリーズの一貫したキーワードは「石油」「金融」「ハートランド」
*ウィリアム・イングドール氏の著書 - 「ロックフェラーの完全支配 石油・戦争編」。中国で大学の教科書に採用。
英サッチャー革命・米ボルカーショック
1970年代の二度にわたる石油ショックにより、1980年代には 途上国の債務問題が深刻なレベルに達した。
これに加え、先進国の経済政策失敗も、途上国には痛手となった。
- 英・サッチャー革命
- サッチャー首相による経済構造改革。国有企業の民営化、社会保障の削減など 小さな政府を目指した結果、失業率が急上昇した。 - 米・ボルカーショック
- 1970年代のスタグフレーションを終わらせるとの名目でFRB議長ボルカーが政策金利20%という急激な金融引き締めを実行。株価暴落、失業率急上昇など不必要に経済状況を悪化させた。
1980年代 - 新自由主義経済の台頭
新自由主義の経済学者ミルトン・フリードマンによって、マネタリズムという新しい言葉が英米で広まった1980年代。
いわゆるグローバリゼーションの台頭だ。
サッチャー経済革命、ボルカーショックの背景には、フリードマンのグローバリズム的発想があった。
フリードマンはレーガン大統領の経済顧問として、世界経済に巨大な影響を与えていたのだ。
新自由主義 - 超格差社会の元凶
新自由主義とは、1%の金融支配層が99%から富を絞り取ることを認める経済思想。
その結果として、世界富豪トップ8人が、貧困層36億人と同じだけの資産を所有する世界が出来上がった。
マネー主義による不況
マネー主義である英米金融支配層は、英国ではサッチャー革命で英国民から資産を搾り取り、米国ではボルカーショックによって米国民から資産を搾り取った。
その結果、英米は不況に陥り、米国の政策金利は20%にまで上昇。世界経済の混乱を招いた。
第三世界の債務
英米国民だけでなく、第三世界もその被害者であった。
途上国が債務を返還するには、先進国への輸出が重要。しかし先進国自体が不況に陥り、途上国の輸出業が大打撃を被ったのだ。
第三世界の債務は複利で大きく上昇。英米の失政なのに、英米とそれに追従するメディアは、理不尽にも これを「第三世界の債務危機」と呼んだ。
IMF - 債務国を助けるかのように登場
債務危機というパニックをいいことに、途上国への救済債務を担ったのがIMF。これが新たな罠であった。
IMFとは?
名称 | International Monetary Fund (国際通貨基金) |
---|---|
設立 | 1947年12月 |
本部 | 米国ワシントンDC |
目的 | 加盟国の為替政策の監視・政策アドバイス 国際収支が悪化した加盟国への融資 |
加盟国 | 190カ国 |
- ブレトンウッズ体制で発足
- 日本は1952年、53番目の加盟国。拠出金は第2位
*IMF発足の経緯は「石油地政学史⑤ 非公式帝国」で言及しているのでご覧頂きたい。
IMFの意思決定 - 投票権
IMFの意思決定機関をみると、英米の影響力がどれだけ大きいか一目瞭然。
- 一国一票ではない。加盟国の出資比率に応じて、投票権が割り当てられる。
- 英米グローバリストが操作しやすいと思われる6カ国(米日独英仏伊)の投票権は、IMF190加盟国中、41.19%。
上記は2022年時点での内容だが、設立以来そんなに根本的な変化はしていない。IMFの意思決定における英米支配力は小さくない。
IMF意思決定 : 民主主義 < 資本主義
一国一票という民主主義でなく、加盟国の出資比率で投票権が割り当てられる資本主義という点が重要だ。
つまり、IMFの意思決定は マネーで幅を利かせられる余地が大きい。ここに国際金融資本の入る隙がある。
※ ちなみに我が日本国はアメリカに次いで第二位の出資比率。一定の発言力があるはずだが、そうした話を聞いたことがない。
IMFの意思決定 - 専務理事は必ず欧州出身者
- IMF 専務理事 - 欧州から出す慣例
- IMF 筆頭副専務理事・専務理事代行 - 代々アメリカ出身者
毎年秋の年次総会はIMFと世界銀行が合同で開催。IMF専務理事(欧州出身)とバランスを取るためか、世界銀行総裁は代々アメリカ出身者のみ。
ポリティカルコレクトネス、人種差別反対を叫んで来たのは、彼らグローバリスト自身ではなかったのか。
IMF - 融資条件と「ワシントンコンセンサス」
IMFは債務危機に陥った諸国に救済融資をするが、その際には「構造調整」なる融資条件がセット。
構造調整 = ワシントン・コンセンサスが基盤
その構造調整とは、ワシントン・コンセンサスという政策パッケージが元になっている。
ワシントン・コンセンサスとは、発展途上国への融資条件として IMF・世界銀行・米国政府・FRB間にある10カ条の合意内容。
これらの機関はいずれもワシントンDCに本部がある。
ワシントン・コンセンサス = 新自由主義
ワシントン・コンセンサスの中身は、市場原理を重視する新自由主義経済政策そのもの。
「融資条件の見返りとして、巨大資本が自由に国家資産を搾り取ることを認めろ」ということだ。その結果、当該国の国民が没落しようとも。
IMFの融資条件 -「構造調整」- 「グローバリズムのトリニティ」
このワシントン・コンセンサスを元に IMFが途上国へ押し付けた経済政策は、数々の失策を繰り返した。
つまり、途上国経済はことごとく崩壊し、外国の巨大資本に搾り取られたのだ。
新自由主義、グローバリズムなどと称されるこの取組みは、「1%の強者が 99%の弱者を搾取する」政策との批判も上がっている。
グローバリズムのトリニティ
緊縮財政 | 公共投資などの政府支出削減、増税 |
---|---|
規制緩和 | 国営企業の民営化 |
自由貿易 | 規制緩和を外資にも開放 |
経済評論家の三橋貴明氏は、新自由主義経済では この三点セットが必ず同時進行で進められることから「グローバリズムのトリニティ(三位一体)」と命名。
- 「小さな政府」を目指すとの謳い文句で 主権国家政府の力を弱め、
- マネー(外国資本)が国家を牛耳る構造が着々と進行するプログラムだ。
IMF構造調整 - 途上国への勧告
こうしたグローバリズム経済政策を融資条件として、途上国に勧告するとどうなるか?
- 途上国のインフラ整備に投資がされない
→ 経済基盤崩壊
→ 不況で国民貧困化 - 赤字企業が外国資本に買われる
→ 国民が懸命に働けども利益は外国人投資家へ
→ 国家経済がさらに破綻 → さらなる借金 → 国家が外国マネーに乗っ取られる
IMF勧告で 途上国は更なる貧困化
結論として、IMFの融資を受けた国で 健全な国家再興を成し遂げた国はない。
毎度、国民(99%)は貧困化し、外国人株主(1%)のみ儲かる結果だけがループ。これでは行き着く先が、新世界秩序しかないだろう。
途上国債務は終わらない
途上国は6年間(1980〜1986年)で、元本 3,320億ドル返済のために、返済金 6,580億ドル。それでもまだ債務残高 8,820億ドル。
1980〜1986年 | 109カ国債務合計6580億ドル = 対外債務者への利払い分 3260億ドル + 元本返済 3320億ドル |
---|---|
債務残高 8820億ドル |
信じられない暴利だ。
3万円の借金を返すのに、6万円を支払ったが、まだ8万円も借金が残っている。
はたしてIMFは本当に途上国を助ける白馬の騎士だろうか。
株主には高額配当
一方、チェイス・マンハッタン銀行から株主へは 記録的な高額配当があった。
債務を確実に回収してくれる警察官(IMF、米軍)が背後にいる限り、国際金融資本は安心して融資できる。
利益は独占するが、リスクは債務国と警察官たちに任せればよかったわけだ。
利益 | 国際銀行家 |
---|---|
リスク | 債務国・米軍・IMF |
IMF「債務の罠」唯一の脱出方法 - 国家主権の譲渡
国家の財政破綻を抜け出す唯一の方法は、国家資産の売却。
「大きな政府、社会主義は間違いだ!」
「国営だから競争力がないのだ!」
などという言いがかりで、国営企業は次々と民営化。あるいは国家資産である油田、水道インフラ、電力事業などを外資に売却。
その代金で借金返済というわけだが、これこそワシントン・コンセンサス(新自由主義)の正体。つまり、気がつけば国家資産は外国人投資家のもの。
外国人投資家が国家資産を買い漁る
もう少し踏み込んで言えば、IMFに大きな影響力を持つ国際金融資本グループが、当該国の国家資産をバーゲンセールで買い上げてやっと一段落。
「債務を株式に転換」という一般国民には伝わりにくい言い方を駆使するが、要するに国家資産を外国資本に売却したわけだ。
「債務の罠」- 中国共産党も応用
ところで「債務の罠」は「借金漬け外交」とも呼ばれ、世界覇権を狙う中国共産党政権も利用。一帯一路の要衝国やアフリカの最貧国などを対象とする。
- インフラ(鉄道、港湾)の整備資金・工員を提供
- 債務国が返済に困る
- 借金のカタに整備したインフラを提供させる
「債務の罠」- スリランカは中国の債務支配下
2017年には、スリランカ政府が軍事上の重要港湾ハンバントタ港を、中国に99年間貸し出すという契約を結んだことで世界に衝撃が走った。
2022年4月、それでもスリランカ政府はデフォルトを宣言。スリランカは一体どうなるのだろうか。
新自由主義 = グローバリズム = 共産主義
「債務の罠」にはグローバリズム的発想が元にある。
新自由主義(グローバリズム)の注意点は、これらの政策がさも愛国保守的であるフリをすること。
例えば、レーガン、サッチャー、中曽根、小泉、安倍は、保守政治家として一定の功績が認められる側面も小さくない。
各国の保守層は彼らを支持するほかないわけだが、そうした保守政治家の看板を利用し、経済政策面では国家資産を国際金融資本に買わせていたわけだ*。
しかし共産主義も新自由主義も「1%の支配層が99%を搾取する構造」は全く同じ。支配層が共産党指導部かウォール街か、の違いしかないのだ。
*この奇妙な構造については別の機会に言及したいが、本稿ではこうした政治構造がある点だけを知っておいてほしい。
IMF - ショックドクトリン
通常の精神状態なら、国家資産を外国資本に売るなど保守政治家も国民もするはずがない。
金融ショック・天災・戦争などのパニックを利用して、IMFは新自由主義の経済政策を持ち込む手口を利用した。
いわゆる「ショック療法」だが、ことごとく経済不況・失業率上昇・国家資産剥奪の悲しい結果だけで終わっている。
IMF犠牲国リスト
こうしたIMFの犠牲になった国はいくつもある。いずれも「IMF融資条件を飲んだため、国家資産を外国人投資家に握られてしまった」のが共通点だ。
1980年代 | メキシコ、アルゼンチン、ブラジル、ザンビア、エジプト |
---|---|
1990年代 | ロシア、タイ、韓国 |
- 闇ドルを稼ぐために、南米では麻薬生産を国家が黙殺したとの見方もある(米国で麻薬問題が深刻化したのはまさに1980年代前半)。
- 80年代のメキシコでは、米国企業による児童労働の搾取工場が建設。債務返済に必要なドルを稼ぐため、政府は黙認。
- IMF経済危機以降の韓国では 若者が就職できず、少子化が止まらない。1970年に4.5%あった出生率は、2021年ついに0.81%(日本1.34%)。
IMF通貨危機の緊迫感が凄い2018年公開の韓国映画
民主主義の否定?
IMF官僚たちは民主主義プロセスを経て選ばれていない。それが、民主主義選挙の上に誕生した各国の政府を指導する。
実際にIMFの官僚は、我が日本国政府に消費税率を20%に引き上げるよう「提言」している。余計なお世話だ。
IMF官僚の言いなりになることは、つまり民主主義の否定。
内政干渉問題
そもそも外国の民間人が、日本政府に経済政策を指導するとは おこがましい。
本来なら米大統領ですら躊躇するのが内政干渉。それを 一介の国際機関官僚がしれっと実行。
もちろんIMFも「技術提供」「提言・勧告」「報告書」など 表現を柔らかくしてはいるが、IMFに逆らえる債務国などない。
背後には米軍が控えているし、融資を受けなければ国家が破綻するのだ。「脅迫」は言い過ぎかもしれないが、事実上の「指導」「命令」とは言えるだろう。
国柄の破壊
各国の経済は、もちろん独自の伝統や歴史、文化と密接な関係にある。
IMFが指示した構造改革を実行した結果、それらは破壊されがち。伝統や文化よりも 経済効率を至上主義とするためだ。
各国の伝統的な経済構造を破壊し、歴史や文化を尊重しない点も、ナショナリストたちがグローバリズムを嫌悪する理由である。
IMF - 恐怖の取り立て
イングドール氏の指摘によると、「キッシンジャー・アソシエイツ*」なる地政学的コンサルタント会社が、IMFの過酷な取立条件に暗躍していたようだ。
*キッシンジャー・アソシエイツ - 1982年NY設立。ネットで検索してもほぼ情報は出て来ない組織だが、世界中の権力者、巨大企業と戦略パートナーを持ち、投資機会を助言している。
フォークランド紛争 - 債務不払いの見せしめ?
1982年、アルゼンチン沖にあるマルビナス諸島(英名:フォークランド諸島)で、互いに領有権を主張する英国とアルゼンチン間の紛争が勃発。
油田の存在も指摘されるものの、遠い南大西洋の島で 英海軍の2/3が NATO軍まで引き連れた軍事行動を開始することに、英国民は否定的であった。
債務不履行が間近に迫ったアルゼンチンの沖合にある島は、世界中の債務国への見せしめにされたのだろうか。
「米国は関与しない」作戦
- 「米軍は関与しない」と油断させておきながら、最初の一発目を相手方に撃たせる。
- 一発目さえ撃たせれば、米国民の感情を煽ることで開戦。
- 国際報道で諸国メディアを味方につけ、真実が出る前に圧倒的な戦力で叩き潰す。
これは英米おなじみの手口。今後も繰り返し出てくる手法なので、記憶しておいて頂きたい。
北朝鮮 | 朝鮮戦争 |
---|---|
イラク | 湾岸戦争 |
ロシア | ウクライナ危機 |
1982年3月、レーガン政権*のエンダーズ国務次官補は、ブエノスアイレスのガルチェリ政権に「米国は関与しない」ことを密かに確約したという。
同月、アルゼンチン軍は島へ出航。戦火は拡大した。
*レーガン大統領自身は、ガルチェリ大統領に侵攻を思い止まるよう説得してはいた。
発展途上債務国への攻撃パターン - 1920年代のドイツへの仕打ちと同じ
1920年代のドイツは債務地獄にはめられ、植民地は剥奪、心臓部ルール工業地帯はフランスに占領。
借金を返すタネ自体を取られた上に、軍事行動で脅されていた。
英米の支配層は、こうした砲艦外交が 今でも有効であることを、アルゼンチンの島から第三世界諸国に見せつけた。
IMF =「世界の警察」- 全世界800ヶ所の米軍基地
21世紀の現在、世界最強の米軍基地は800ヶ所に展開。
世界 | 150カ国 800カ所 |
---|---|
日本 | 130カ所 |
建前は「各国と世界平和の防衛」だが、実際には「英米利権の防衛」なのかもしれない。
日本国政府が米軍と戦火を交えることは 事実上不可能。我が国の首都東京は ペトロダラーシステムに反抗した途端に叩き潰されるだろう。
こうして、国家債務危機は「民間の債権者である銀行家が、主権国家を経済支配する道具」になり、世界最強の軍事力がそれを補完することになった。
ネオコン・ジャイアニズム「お前のモノは俺のモノ」
ネオコンにとって、IMFと石油ドル覇権への反乱分子は、世界中どこでも標的。勝手に自国の資源だと開発しようものなら米軍(NATO)が叩きのめす。
現実に、イラク、リビア、ユーゴスラビアは米軍率いるNATOが空爆。国際法違反であろうと、無辜の赤ん坊であろうと容赦なく爆撃した。
プロパガンダ - イメージ戦略はバッチリ
正義を主張しても無駄。世界中のマスコミの株式、広告主の株式を支配下に治めるウォール街が大衆を扇動してくれる。
ワシントンはただ「人権擁護」「市場経済」とだけ説明すれば、空爆を正当化できる。
「広島に原爆を落としたことで 戦争を終わらせることができた」のと同じカラクリだ。
米軍ドル本位制
IMFと米軍のセットを後ろ盾にして、世界は金本位制から、石油ドル本位制へ進化したが、米軍ドル本位制へとさらに「進化」した。
今や世界最強の米軍がいることが、米ドルの裏付けなのだ。
IMFと米軍により、国際金融資本家たちの経済活動と、その資産・米ドルの安全性は確保。この後の世界は 東西冷戦崩壊、湾岸戦争を経て、IMF支配体制をさらに拡大して行く。
次回、石油地政学史⑨は「新世界秩序(ソ連崩壊、湾岸戦争)」。
この記事のまとめ
石油地政学史⑧ IMF「債務の罠」- 債務破綻 → 国家主権強奪 / グローバリズムのトリニティとは?- 1970年代の石油ショックで不況に陥った世界は、1980年代の英サッチャー革命、米ボルカーショックにより、「第三世界の債務危機」を招いた。
- 英米支配下のIMF支援という「債務の罠」で、債務国は膨れ上がる一方の債務で破綻し、国家資産を外国資本に売却せざるを得なくなった。
- IMF取立てに反抗したくとも、背後には世界最強の米軍・NATO軍が控えているため不可能。
- グローバリズム(新自由主義 経済思想)=「1%が99%を支配」する世界が、急速に形成されてしまった。