人生のどん底から這い上がった有名人・偉人・成功者たちの、名言&エピソード(実話)
更新日:人生のどん底から這い上がった有名人・偉人たちの、名言集 & エピソード(実話)をご紹介します。
ホームレス生活、病気、怪我、貧困、離婚、親・配偶者・子供の死、火災で全焼、etc...。多くの困難を乗り越えた成功者たちの歩みからは、学校では教えてくれない「人生の深い教訓」を学ぶことができます。
生きて行くことは、決して楽しいことばかりではありません。
もし何かに悩み苦しんでいる方は、逆境を乗り越え ドン底から這い上がった偉人たちの歩みを、心の灯台にされてはいかがでしょうか?
所持金5円のプー太郎:安田隆夫
- 大学卒業後に就職した不動産会社が倒産。
- 麻雀に明け暮れる自堕落な生活を続け、とうとう所持金が5円に。
- 拾った新聞の求人欄から、日雇いの仕事を始める。
- 29歳で小さな雑貨店を開く。
(なぜ雑貨店なのかと言えば、「専門知識も人脈も必要なさそうだったから」とのこと) - ところが、ほとんどお客さんが来ず、開業3ヶ月で 雑貨店は廃業寸前に。
安田隆夫(やすだ たかお)氏の、その後は...
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「深夜営業」「隙間なく商品を並べる」「POP貼り」といった、当時の商店としては常識外れの戦略を打ち出し、雑貨店の業績を劇的に改善させました。
そして、「驚安の殿堂」がキャッチフレーズの店舗を東京に開店。その後、店舗は全国へと進出していきます。
さて、"驚安の殿堂" と言えば、真っ先に思いつくのは1つしかありませんよね??
これは、年商6000億円を超える総合ディスカウントストア「ドン・キホーテ」の誕生秘話です。
所持金5円のプー太郎は、今では個人資産2500億円以上の大富豪になりましたとさ♪
安田隆夫の名言
多くの経験をしたからこそ、今の成長につながった。
振り返ってみると、大きな危機に陥るほど、その後大きく成長した。だから危機はいわば、「成長痛」のようなものだったのかもしれない。
常に忘れてはいけないのは、不都合な真実を含めて客観的に見つめ、咀嚼したうえで自らが変わらなくてはいけないということだ。そうでなくては、限界は壁にしかならないだろう。
離婚して極貧生活、自殺まで考えた女:J・K・ローリング
- 夫と離婚し、実母が亡くなり、収入は無し。生まれたばかりの娘を抱えて、極貧の生活を送っていた。
- 生きることが辛すぎて、自殺がたびたび頭をよぎる。
- 暗くて狭いアパートに住み、生活保護を受けながら娘の世話をし、就職するために勉強を続ける日々。
- そんな彼女の心を支えていたのは、小説の執筆。娘が眠っているわずかな合間に、夢中になって原稿を書いていた。
- 彼女は書き上げた原稿を某出版社に送ったが、返事はNO。ほかの出版社にも送ったが、やはり返事はNO。
J・K・ローリングさんの、その後は...
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それでも、彼女は諦めませんでした。そしてやっと、ひとつの出版社からOKをもらい、彼女の本は ついに出版されました。
出版された本の題名は「ハリー・ポッターと賢者の石」。
これは、200を超える国と地域で 67の言語に翻訳された、あの世界的ベストセラーの誕生秘話です。
ハリー・ポッターシリーズの総売上数は約4億5000万冊、彼女の個人資産は約1000億円にまで膨れ上がりました。
幼子を抱えた極貧女性の人生大逆転!
彼女の生き様は、夢を諦めない大切さを教えてくれているようですね♪
J・K・ローリングの名言
幸福は、暗闇の中でさえ 見つけることができます。
私たちは皆、明るい面と暗い面の両方を持っています。重要なのは、私たちが行動した部分です。
度胸さえあれば、不可能などありません。
猛烈なイジメ、そしてコンビニ廃棄弁当を漁るホームレス:兼元謙任
- 小学生の頃から猛烈なイジメの対象に。
(このイジメで負った傷のため、現在でも右目の視力に難あり) - 難病であるギラン・バレー症候群を発症し、入退院を繰り返す。
- 大学卒業後、塗装会社などで勤務。
- 知人たちと起業するために勤務先を退職。しかし、起業の話が白紙となり無職へ。
- 離縁状を突きつけてきた妻を説得し、単身で上京。しかし、当てにしていた仕事が無いと言われる。
- ホームレス生活を始め、コンビニの廃棄弁当を漁るようになる(数ヶ月間)。
- 手に入れたハンバーガーの中に吸い殻が挟まっており、誤って食べて生死をさまよう。
- ホームレス生活を続けながら、ノートパソコンでWebデザインの仕事を請け負い始める。
兼元謙任(かねもと かねとう)氏の、その後は...
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兼元氏は約2年間のホームレス生活を続けながら、ユーザ同士で質問・回答し合うQ&Aサービスを立ち上げました。
そして、そのサービスにこう名付けたのです。「OKウェイブ」と。
ネット利用歴が長い人ならば、OKウェイブ を一度ぐらいは目にしたことが有るのではないでしょうか?
のちにOKウェイブは、名古屋証券取引所へ上場を果たすまでに成長します。
イジメやホームレスという逆境を乗り越えて、上場企業経営者(創業者)という地位まで上り詰めたガッツには、敬服いたします!
兼元謙任の名言
お金の不安をなくすためには、「滅多なことでは人は死なない」と知ることでしょう。私は1997年秋から99年夏ごろまでホームレス生活をしましたが、ちゃんと生き延びることができました。そればかりか、会社を立ち上げることもできました。いまは100円でハンバーガーが食べられる時代ですし、日本の水道水は安心して飲めます。清潔な公衆トイレは使い放題、図書館では無料で勉強できるのです。
40代ともなると経験も積み、スキルもついてくる。これまでの積み重ねで仕事ができるので、手を抜こうと思えばできてしまう。だからこそ、仕事に情熱を注げる人と注げない人では、結果や成長に大きな差が出てしまう。
私は「自分は飲みに行きません」と宣言しています。どうしても断れない席でも「ウーロン茶しか飲みません」と宣言します。お酒を飲んでも気持ちよくなれない体質なのです。はっきりと「飲みに行きません」と言ってしまえば、「そういう人なんだな」と思ってもらえます。それで付き合いがなくなるなら、ご縁がなかったということです。要するに、「飲み会に出なきゃ」というのは根拠のない不安なんです。
怪我、倒産、工場と自宅の全焼、借金:志太 勤
- 野球少年として ひたすら努力し、高校2年生で念願のピッチャーに。しかし、怪我で一生ボールを握ることができないと医師から告げられる。
- 野球ができないことに絶望して自殺を考えるが、通りがかった人に説得される。
- 高校3年生から食堂を始める。1日に3〜4時間しか寝ずに頑張るが、食堂は倒産に。
- 22歳からアイスキャンディ事業を立ち上げるが、工場と自宅が全焼。巨額の借金だけが残る。
- 鉄クズを拾い集めて東京への電車賃を捻出。
志太勤(しだ つとむ)氏の、その後は...
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志太氏は、"怪我、倒産、工場と自宅の全焼、借金" という状況に、「俺は運に見放されているのか!」と嘆いたそうです。
しかし、自身の原点であるフードサービス業に再挑戦。自らの名字から取った「シダックス」という会社を設立しました。
これは、レストラン、カラオケ、学校給食 など、幅広く全国展開しているシダックス社の誕生秘話です。
この、自らの運命を呪いたくなるような逆境を乗り越えた精神力、見習っていきたいですね♪
追記:
2018年5月30日、シダックス社はカラオケ事業から撤退し 給食事業に集中すると発表しました。
志太勤の名言
厳しい状況に置かれたときは、やはり原点回帰ですよね。何のために商売をやっているのか。この事業を続けることが人様のためになる、お国のためになるという原点に立ち返ることですね。
人間持って生まれた能力に 大きな差はない。結果の違いは、本人の努力次第。迷いは誰にでもある。要はどこまでしっかりとした志を持つかだ。
志とは、「オレは絶対にこうなるんだという強い気持ち」です。起業すれば、いろんな難題にぶち当たります。そんな難題も志を持っていれば乗り越えられるんです。
中卒・極貧・超絶ブラックな職場、お金が無さすぎて奥さんを泣かせていた男:熊谷正寿
- 高校を中退した後、しばらくはパチンコ店のオーナーとして勤務。
- 20歳で結婚し、21歳で娘が誕生。
- 長時間勤務の安月給。風呂なしの傾きかけたボロアパートで生活。
- お金が無さすぎて、奥さんがアルバイト情報誌を手に取って泣いていたことも…。
- まともな就職が困難であったことから、起業を決意。28歳で株式会社ボイスメディアを設立。
熊谷正寿(くまがい まさとし)氏の、その後は...
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熊谷氏は、株式会社ボイスメディアを「GMOインターネット株式会社」に社名変更しました。
多少なりともIT業界に詳しい人であれば、"GMO" の名前を知らない人は まずいないでしょう。
これは、売上高1000億円・グループ総従業員数4000人を抱えるGMO社の 誕生秘話です。
中卒で "お金が無さすぎて奥さんを泣かせていた男" は、東証一部上場企業を作り上げてしまいましたとさ♪
熊谷正寿の名言
経営者の最も重要な仕事は、夢を語ること。経営者の描く夢が、多くの笑顔を生む夢であればあるほど、その夢は必ずかなう。
多くの笑顔を生む夢は、賛同する人が集まり、成功の確度が高くなる。利益だけを追求しているビジネスは、必ず限界が訪れる。
夢あるところに行動がある。行動は習慣をつくり、習慣は人格をつくり、人格は運命をつくる。
幼くして母を失い、小学校に9ヶ月間しか通えなかったアメリカ人男性
- 小学校に9ヶ月間しか通えなかった。
- 9歳で母が死亡、19歳で姉が死亡。26歳で婚約者が死亡。
- 雑貨店を経営するが倒産し、借金の返済に17年間の月日を費やす。
- 政治家の道を志すが、生涯において7回も選挙で落選。
- 40歳の時に長男が、53歳の時に三男が死亡。
このアメリカ人男性の正体は...
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第16代アメリカ合衆国大統領です。
この "小学校に9ヶ月間しか通えなかった男" の名前は「エイブラハム・リンカーン」。
19世紀前半に活躍した人物ですが、現代においても「最も偉大な大統領」の1人として名前が挙げられています。
リンカーンが語った「Government of the people,by the people,for the people(人民の、人民による、人民のための政治)」は、日本の教科書にも登場しているほど。
苦難の連続でも挫折しなかった闘志、まさしく「英雄」という称号がピッタリの偉人ですね♪
エイブラハム・リンカーンの名言
君の決心が本当に固いものなら、もうすでに希望の半分は実現している。夢を実現させるのだという強い決意こそが、何にもまして重要であることを 決して忘れてはならない。
自己の向上を心がけている者は、喧嘩などする暇がないはずだ。おまけに、喧嘩の結果、不機嫌になったり自制心を失ったりすることを思えば、いよいよ喧嘩はできなくなる。
そのことはできる、それをやる、と決断せよ。それからその方法を見つけるのだ。
人生のドン底から這い上がって大逆転した成功者たちの話 - まとめ
ホームレス、怪我、極貧、離婚、家族の死、火災で全焼、etc...、凄まじい過去を乗り越えた成功者たちの歩みを知ると、我々が日々感じている悩みが、と〜ってもチッポケだと思い知らされます。
我々も、どん底から這い上がった彼ら彼女らの、不屈の精神を真似しなくては!!
そして、「人生は配られたカードで勝負するしかない」という話もありますが、それはどうやら間違いのようですね。
カードゲームとは違い、人生では「配られたカードが気に食わない場合は、幾らでも新しいカードを作りだすことができる」。
それが人生の醍醐味なのかもしれません。
皆さんの心に、何らかの "情熱の火" を灯すことができましたら幸いです ^^)