マッキンダー地政学『ハートランド』 - ウクライナ危機、NATO東方拡大の正体とは?
更新日:「ウクライナ危機2022はなぜ起こったのか?」
この問いに対する答えの一つが、マッキンダー地政学「ハートランド理論」。
地政学には英米流、大陸流など いくつかの流れがある。
ハートランド理論は英露グレートゲームの末、英国マッキンダー卿が20世紀初頭に構築。英米の視点から、世界をどのように認識しているかをよく知ることができる。
我が国の安全保障と直結する隣国ロシアとウクライナの衝突。グレートゲーム21世紀版の正体が「ハートランド」から理解できる。
*本稿は 地政学の基礎用語まとめのうち、特に「ハートランド」について深堀りした。「英露グレートゲーム」「シーパワー vs ランドパワー」「リムランド」などについては リンク先をご参照いただきたい。
ハートランド理論とは
東欧を支配するものがハートランドを支配し、
ハートランドを支配するものが世界島を支配し、
世界島を支配するものが世界を支配する。ハルフォート・マッキンダー
地政学では世界の大国を、海洋国家シーパワーとそれに対立する大陸国家ランドパワーに分類。
20世紀初頭、英国のマッキンダー卿は やがて両者が対決することを予見した。
世界島とは?
世界島(ワールド・アイランド)の範囲は、ユーラシア大陸とアフリカ大陸。
- 世界人口の85%
- 天然資源の2/3
- 国連公用語、四大宗教すべての起源
- 米国以外の核兵器保有国がすべて帰属
この潜在能力は北米大陸をはるかに凌駕。世界島を制するものが 自ずと世界の覇権を握ることを、マッキンダーは指摘したのだ。
ゆえにシーパワー国家である英米*は、世界島のパワーが結集することを非常に恐れた。
過去100年間の戦争における多くが、英米によるユーラシア同盟の破壊目的で発生している。
*地政学上、アメリカは島であり、シーパワー国家と見なされる。
ハートランドとは?
ハートランドとは現在のロシアが位置する地域。世界島(アフロ・ユーラシア大陸)の最奥部ゆえ、制圧することが困難。
極寒地帯で住みにくいというデメリットもあるが、国土防衛面ではそれが強力なメリット。かつて欧州を制覇した 仏ナポレオンや 独ヒトラーですら ロシアから撤退*。
*両者ともに世界覇権を目指したゆえにハートランドを狙った。結果として、その後両者ともに衰退。
ハートランドはエネルギーの自給自足ができる
ハートランドは広大な領土ゆえに食糧自給が可能であり、今日では石油や天然ガスなど世界有数の天然資源の宝庫であることもわかっている。
食糧とエネルギーを輸入に依存しないうことは、他国の干渉を受けないという強力な武器。
世界の大国でこの二点を抑えているのは、ロシアとアメリカのみ(中国は食糧もエネルギーも自給自足できない)。
世界覇権(ハートランド)を狙う米国
アメリカは地理的に言って、ハートランドを支配することが不可能。
そこで、アメリカの学者マハンがワールドシー理論を展開。ハートランド周辺部であるリムランドを支配すれば、世界を制覇できるのだという方法を構築。
これが20〜21世紀アメリカ外交の基礎となっている。
ハートランド覇権と文明史観 - ロシア大統領=チンギスハン? 東ローマ皇帝?
かつての世界帝国は 例外なくハートランドに位置したか、ハートランドを目指した。前述した仏ナポレオン、ナチスドイツ帝国しかりだ。
興味深いのは、モンゴル帝国の後継がロシアであること。ロシアはまた東ローマ帝国の後継でもある。
文明の衝突
地政学から少し脱線して文明史的な見方になるが、ロシア大統領プーチンは21世紀のチンギス・ハンであり、東ローマ皇帝とも言えるのだ。
一方で、アメリカ大統領は 21世紀の西ローマ帝国の皇帝と言えるだろう。
本稿のテーマから少しだけそれたが、現在のウクライナ危機を こうした文明史的観点から俯瞰してみることも、我々の視野を広げてくれるので言及した。
英米が恐れるユーラシア同盟
技術大国ドイツと、天然資源が豊富なハートランド・ロシア。両大国が同盟を結ぶことは英米覇権にとって重大な危機を意味する。
過去の戦争を振り返ると、英米が独露両者の同盟を阻み、むしろ対決させて来た。
さらに「平和のための国際機関」という名目で、戦勝国が世界支配する構図が見えて来る。
第一次世界大戦 | 独 vs 露 - 国際連盟 |
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第二次世界大戦 | 独 vs 露 - 国際連合 |
ウクライナ危機 (第三次世界大戦?) | NATO(独) vs 露 - 新世界秩序? |
米外交官ブレジンスキーの証言
歴代米政権の外交顧問や大統領補佐官を歴任したズビグニュー・ブレジンスキー。ヘンリー・キッシンジャーと双璧をなす米外交界の重鎮であり、過去半世紀の世界情勢に強大な影響を与えて来た。
無名時代のカーター、オバマを見出したキングメーカーであり、クリントン、オバマ、バイデン 政権の外交を知るには、ブレジンスキーの研究が欠かせない。
ウィリアム・イングドール氏はその著書でブレジンスキーの本音を繰り返し引用し、注目している。
ユーラシアを支配するパワーは、世界で最も経済生産力のある三地域の内、二つ(西欧と東アジア)に決定的な影響力を持つことになる。
地図を一瞥すれば、ユーラシアで優位な国が、ほぼ自動的に中東とアフリカを支配することがわかる。ブレジンスキー
アメリカの優位を脅かす潜在的な経済的・政治的挑戦者として、地域覇権を担い、世界で最も多く人口を抱える中国とインドも、やはりユーラシアにある。 (中略) ユーラシアの潜在的パワーは、集合的に考えれば、アメリカのパワーさえ凌駕する。 ブレジンスキー
ユーラシアを制する能力を持つ挑戦者、ひいてはアメリカに挑戦する能力を持つ者を、決してユーラシアに出現させないことが絶対に必要だ。ブレジンスキー
ブレジンスキーのこの発言を受け、イングドール氏は続ける。
この地政学的発想では、『勢力の均衡』を乱しかねない勢力が出現すれば、即座にもれなく検出しなければならなかった。そして、『それを打ち消すか、吸収するか、支配下におくように、米国は具体的手段を講じる』必要があるとブレジンスキー は言っている。イングドール
英米NATO東進の謎
ソ連が崩壊し、新生ロシアは資本主義経済を受け入れ、民主主義選挙も実施された。ロシア国民は西側の豊かな生活を期待。西側の多くの一般人もそれを願ったことだろう。
解散しなかったNATO
東西冷戦終了時点でNATOは解散するはずだった。しかし湾岸戦争やコソボ紛争など、NATOは新たな存在理由を探し存続。
結局 NATOは延命し、域外防衛、つまり東方拡大を目指した。
NATO東方不拡大の約束
東西ドイツ再統一(1990年10月)前のタイミングで、NATOが東方へ1インチも拡大しないことは約束されていた。
正式な条約文書*にされていないことを理由に約束を反故にしているが、当の西側当事者の発言は残されている。
NATOは東への領域拡大を排除すべきだ。すなわちソ連国境に近づくようにすべきではない。ハンス・ディートリヒ・ゲンシャー西独外相
1990年1月31日
NATOの今の軍事的、法的範囲が東方に1インチたりとも広げないと保証することが重要だと思っている。ジェームズ・ベーカー米国務長官
1990年2月9日
そして問題は、ロシア側が約束違反に激怒すると認識した上で、あえて東方拡大した点だ。
NATOの東方拡大
前述通りNATOは約束違反し、東欧諸国を次々と傘下に吸収。そもそも冷戦崩壊時から、東欧諸国における「民主化革命」という名目で その下地を作っていたとの指摘もある。
2022年には、ついにバッファゾーンであるロシア隣国ウクライナにまで手を出した。
東欧を支配するものがハートランドを支配し、
ハートランドを支配するものが世界島を支配し、
世界島を支配するものが世界を支配する。ハルフォート・マッキンダー
ハートランドの運命は?
東欧を傘下に収めた英米が、NATO軍をハートランドにけしかけつつある。
マッキンダー卿がかつて主張した展開こそ、今日我々が目撃しているウクライナ危機だ。
- ウクライナ危機は第三次世界大戦に発展するのか?
- 我が国の外交・安全保障問題はどうあるべきか?
戦争は思いつきで発生しない
2022年ウクライナ危機は、一独裁者の思いつきで発生していない。プーチンが狂ったという説明では ジャーナリズムとしてあまりにも稚拙すぎる。
そもそも戦争は、綿密な資金計画や軍事面・外交面での周到な準備を 絶対に欠かせないものだ。
遠い異国の国境問題に アメリカが干渉する理由とは?
なぜアメリカが9,000km離れた異国のウクライナ問題に顔を出すのか? アメリカがそそのかさなければウクライナ危機はなかった。
バイデン政権は自国とメキシコとの国境を守ることは放棄しているのだから、矛盾極まりない。しかも この点は全く報道されないが、タブーなのか? それでジャーナリズムと言えるのか?
米国の国際戦略の大前提である 英マッキンダー卿が唱えた「ハートランド理論」を知ることで、ウクライナ危機に対する認識が全く変わる。
この記事のまとめ
マッキンダー地政学『ハートランド』 - ウクライナ危機、NATO東方拡大の正体とは?- 東欧を支配するものがハートランドを支配し、
ハートランドを支配するものが世界島を支配し、
世界島を支配するものが世界を支配する。 - ハートランドは世界島(アフロ・ユーラシア大陸)の最奥部、現在のロシアに該当する位置にあり、地政学上、難攻不落の立地。
- シーパワー国家である英米は、大陸国家ドイツとロシアによるユーラシア大陸同盟の結成を恐れ、妨害してきた。
- ブレジンスキー影響下の歴代米外交は、意図的にNATOの東方拡大を推進し、ロシアを圧迫してきた。