石油地政学史② 新型燃料「石油」の登場 - 第一次世界大戦のゲームチェンジ
更新日:石油を支配すれば、諸国を支配できる。ヘンリー・キッシンジャー
「石油地政学史」第1回では、衰退して行くシーパワー大英帝国が、興隆しつつあるランドパワー独露をいかに分断し、戦わせ、第一次世界大戦へ誘い込んだかを取り扱った。
第2回となる本稿では、「第一次世界大戦で 新型燃料 石油が果たした 決定的な役割」について言及する。
- 本稿の前提となる地政学「ハートランド」については別項をご覧頂きたい。
- 本シリーズでは、ハートランドを巡る近現代史をウィリアム・イングドール氏著書*の助けを借りて早足で振り返ってみた。
- 本シリーズの一貫したキーワードは「石油」「金融」「ハートランド」
*ウィリアム・イングドール氏の著書 - 「ロックフェラーの完全支配 石油・戦争編」。中国で大学の教科書に採用。
石炭・鯨油が全盛時代 - 新型燃料「石油」
1853年にマシュー・ペリーが浦賀に来航した理由。その一つは、鯨油を確保する基地を日本国に求めていたからという。
鯨油はローソク、機械油、洗剤などの原料として 米国の近代化を支えた貴重な資源。一方、石油はまだまだ エネルギーとして頼られてはいなかった。
ロックフェラーがスタンダード石油を設立
19世紀の石油事情は、アメリカのペンシルバニア、ロシアのバクーなど 特定地域の岩から滲み出るだけ。黒い汚泥に商業価値があるとの認識は まだなかった。
1870年に米国のジョン・D・ロックフェラーはスタンダード石油社を設立したが、当時の石油が果たした役割は まだランプの燃料に過ぎなかった。
稀だった石油の重要性に気付く人
カールベンツが開発したベンツ・パテント・モトールヴァーゲン
- 1885年、ドイツのカール・ベンツが ガソリンエンジンで走る自動車の試運転に成功。翌年には特許を取得したが、「馬のない馬車」として奇妙がられていた。
- 前回記事でも少し登場したが、英国のフィッシャー提督も石油の重要性を察知。カスピ海で石油を燃料にしたロシアの蒸気船を目撃していたのだ。
石炭船と石油船の比較
フィッシャー提督は 重くかさばる石炭でなく、次世代型燃料である石油を利用することで、英海軍の覇権を維持できると考えた。
石油の優位性は明らかだった。
- 石炭船の排煙は10km先から見えるが、ディーゼルエンジン戦艦からは目立った煙は出ない
- 石油船のエンジン重量 = 石炭船の1/3
- 石油船の燃料重量 = 石炭船の1/4
- 石油船の行動半径 = 石炭船の最大4倍
第一次世界大戦 開戦前夜 - 1912年の石油事情
石炭がまだ大きな役割を果たしていたとは言え、存在感を増しつつあった新型燃料 石油。
そして米国が石油市場の63%を占めていたという点は、世界の行方をやがて米国が握ることを示唆していた。
事実 ドイツの石油市場を、米スタンダード石油系が91%も占めていた意味は大きい。
第一次世界大戦 - 石油の台頭
1914年、第一次世界大戦が開始すると、各国の燃料は石炭から石油へと急激な転換。戦争末期には、イギリス海軍の艦船は4割が石油火力に。
フランス陸軍の変化を例にあげてみるが、トラック、飛行機の保有数量がわずか4年間で600倍以上に急増。石油消費量がどれだけ劇的な変化をしたか想像に難くない。
1914年 | 1918年 | |
---|---|---|
トラック | 110台 | 70,000台 |
飛行機 | 132機 | 12,000機 |
フランス軍は 米国へ石油供給を要請
1917年には フランス軍の石油供給が危機に。そこで仏首相クレマンソーは 米大統領ウィルソンに、石油を緊急要請。
石油は明日の戦闘のためには、血液と同じくらい必需品だ。仏クレマンソー首相から
米ウィルソン大統領へ宛てた書簡
フランスの要請に応えたのは、ロックフェラーのスタンダード石油だった。
ドイツ軍の敗因 - 石油供給の断絶
一方、ドイツ軍も石油危機に直面。ロシアのバクー油田を英国が抑え、ドイツの石油供給が断絶。
ドイツの敗戦
石油供給断絶のわずか数週間後、以前には優勢だったはずのドイツは講和を求めることになった。
連合国を勝利に導いたのは石油の洪水だった。英外相カーゾン侯爵
勝利の血液だ。ドイツは鉄と石炭で優位にあると自信を持ちすぎて、我々が優位にあることを十分に計算に入れてなかった。仏元老院議員アンリ・ベランジェ
第一次世界大戦の終了 - 石油時代の到来
1914年に開戦した第一次世界大戦が 1918年に終了する頃には、石油の重要性を各国が深く認識するようになっていた。
アメリカ台頭の予感
米国が世界に占める石油生産量から、その存在感を増すことは明白。
しかし 米国が世界覇権を握ることになる重要なカギは、石油以外にもう一つあった。英国は第一次世界大戦を始める前に、重要な秘密兵器を確保していたのだ。
それは第一次世界大戦で「英国が勝利したもう一つの決定的な要因」でもあったが、石油地政学史第3回のテーマとなる「金融」だ。
この記事のまとめ
石油地政学史② 新型燃料「石油」の登場 - 第一次世界大戦のゲームチェンジ- 19世紀、新型燃料石油の重要性はまだ認識されていなかった
- 第一次世界大戦 開戦前の石油シェアは 米国が63%
- 第一次世界大戦の開戦で、世界は石油の重要性を強く認識
- 世界最強の陸軍を誇るドイツは、石油供給に支障をきたしたことで敗北へ