石油地政学史①「石油戦争前夜」 - 英国グローバリズム崩壊〜1914年第1次世界大戦
更新日:石油を支配すれば、諸国を支配できる。ヘンリー・キッシンジャー
日本の国防上も、国際情勢を理解する上でも最重要なのに、日本の言論空間でいまいち取り扱われない「エネルギー問題」。
21世紀におけるロシア・ウクライナ危機の正体を知るにも、石油という観点を欠かせない。
- 本稿の前提となる地政学「ハートランド」については別項をご覧頂きたい。
- 本シリーズでは、ハートランドを巡る近現代史をウィリアム・イングドール氏著書*の助けを借りて早足で振り返ってみた。
- 本シリーズの一貫したキーワードは「石油」「金融」「ハートランド」
*ウィリアム・イングドール氏の著書 - 「ロックフェラーの完全支配 石油・戦争編」。中国で大学の教科書に採用。
「石油地政学史」について
本シリーズは、日本の国益に資するために投稿するものだ。そもそも日本の安全保障上、絶対に必要なのが「石油地政学」とその歴史。
石油こそ、先の対戦で我が国が不幸にも 戦争当事国となった 大きな原因であることを 忘れてはいけない。
戦後の世界で起こされた戦争原因のほとんどが、石油地政学に基づく。石油地政学史こそ、近現代史の真実を浮き彫りにする上で欠かせない前提知識なのだ。
グレートゲーム
英米金融資本が世界支配の道具として、石油を利用して来た。
伝統的に英国とロシア間における地政学上の抗争グレートゲームは、19世紀末に石油が登場することで白熱化。
英国の地理学者マッキンダー卿は 英国の繁栄と覇権維持のため、いかにユーラシア大陸のパワーを封じ込め 搾取するかを真剣に考え抜いた。
石油戦争前夜 - 英国グローバリズムの崩壊
1588年スペイン無敵艦隊を撃破したことで、英国は海洋覇権の掌握に専念できることになった。
強い陸軍を必要とせず、欧州大陸の外にあるブリテン島から「バランス・オブ・パワー」*で諸国を操作。
*バランス・オブ・パワー - 勢力均衡戦略。イングドール氏の表現では「ライバル諸国同士が疲弊するまで戦わせて同点決勝に持ち込み、英国が漁夫の利を得る戦略」。
海洋国家 英国による世界覇権
- 英国海軍は、主要航路を警備
- ロンドンの貿易金融業者が、欧州の貿易条件を決定
ゆえに各国の船舶は海賊や事故に備え、英国ロイズ保険に頼るほかないシステムが形成された。
大英帝国の世界覇権三本柱
大英帝国は「海運・金融・資源」を抑えることで、世界を制した。
海運業の支配 | 英海軍の主要航路支配とロイズ海運保険 |
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国際金融の支配 | 南アフリカの金支配 + イングランド銀行 |
原材料の支配 | 綿、金属、石炭 |
英国グローバリズムの崩壊
強力な海軍と金融業に支えられた英国は「自由貿易」を宣言。
新大陸(米国・アルゼンチン・ブラジル)への投資・搾取システムを拡大した。
自由貿易 ≒ 帝国主義 ≒ グローバリズム
現在のグローバリズムの先駆けだが、自由貿易とは帝国主義のこと。
強者が成長する弱者を食いつぶすことで成立するシステム。ゆえに永続するはずはなく、19世紀末には英国のグローバリズム経済モデルは自滅。
自由貿易(グローバリズム)で自国産業基盤は崩壊
グローバリストの特徴は、国家への愛着がなく、マネー主義であること。ロンドンの銀行家たちは儲かる海外投資にばかりうつつを抜かし、肝心の自国経済基盤はボロボロに。
- 海外へ投資した一方、投資されなかった英国内では産業基盤が崩壊
- 穀物法廃止で安価な農産物が流れ込み、イギリス農家は破綻
- インドなど植民地から来た安価な労働者が雇用破壊
自由貿易の結果、英国の貿易商社、投資銀行が莫大な利益を獲得。一方、英国民の貧困化は深刻な問題となった。
ドイツ欧州大陸の成長
他方、大きく成長していたのがドイツを中心とした欧州大陸諸国。崩壊した英国のグローバル経済モデルを捨てたのだ。
1850年から1914年 第一次世界大戦までのドイツでは、保護主義的な国民経済政策が大成功。
1850~1913年 | 国内総生産が5倍に (一人当たり生産250%増加) |
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1870~1914年 | 人口7割増加。 (4000万 → 6700万人) |
大陸国家ドイツの鉄道輸送インフラ
ドイツの高度な技術が支えとなり、鉄道輸送インフラ網を形成。近代的な造船技術もめざましく発展。ドイツの海運と鉄道は、英国にとって脅威に成長。
やがて英国首脳部は、ドイツを軍事力で打倒することを密かに計画し始めた。
「石油地政学」の登場
ここで大英帝国がいかに覇権を保つかが課題となり、たどり着いたのが「石油の地政学」。
石炭 → 新型燃料「石油」の時代へ
かつて、カスピ海でロシア人が重油を燃料にした蒸気船を見ていた英フィッシャー提督。石炭でなく、この新型燃料を採用することで英国が復活すると主張。
石油を自給できない英国
やがて英国政府も石油の戦略的重要性に気付く。ただし、問題は二点。
- 英国内で石油自給はできない
- 石油供給はアメリカ、ロシアに頼らなければならない
3B政策 vs 3C政策ß - ペルシャ湾への進出
いかにして英海軍は石油を安定確保するか? 英国は 当時まだ手付かずで広大だったペルシャ(イラン)の石油鉱床に注目。
だがその時点で既に、ドイツは中東への鉄道進出を計画。いわゆる3B政策*だ。
両者は互いにペルシャ湾が絶対譲れない生命線と見なすことに。これが英独衝突の火種となった。
3C政策 = 石油・金融・海運による世界覇権構想
石油供給こそ、英国が掲げる3C政策の柱。3C政策の正体とは「石油・金融・海運による世界覇権構想」に他ならない。
*3C政策 - カイロ ~ ケープタウン ~ カルカッタ
*3B政策 - ベルリン ~ ビザンチウム ~ バクダッド
ベルリン-バグダード 鉄道計画
ドイツとオスマン帝国(トルコ)は、経済的なつながりを決意。
1898年 | ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世 コンスタンチノープル訪問 |
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1899年 | ベルリン-バグダード鉄道計画が承認 |
この鉄道こそ、英国にドイツとの戦争を決意させた重要な要因。
ドイツが石油供給*できてしまうことで、ドイツを中心とした欧州大陸に世界覇権がシフトするからだ。
*1902年には、オスマン帝国内(イラク・クウェート)に石油資源が眠っていることがわかっていた。
独皇帝ヴィルヘルム2世
- 祖母である大英帝国ヴィクトリア女王とは緊張関係もあった
- ロシア皇帝ニコライ2世とは個人的に親しかった
- ドイツは独英同盟を何度も希望し、バグダード鉄道へ投資するよう英国に提案していた
英上級軍事顧問 R・G・D・ラファンの警告
もしも、ベルリン-バグダード鉄道が実現するようなことになれば、あらゆる富を生み出す巨大な経済ブロックが、海軍力で攻めることのできない経済ブロックが、ドイツの采配の下に結束していた。
この垣根によってロシアは、西の友人である大英帝国とフランスから切り離されただろう。
バルカン半島の火薬庫化
ユーラシア大陸の結束と発展を恐れる英国は、ベルリン-バグダード鉄道計画の妨害を決意。
ベルリンとバグダード間に 切れ目を一つでも入れることができれば、鉄道は成立しない。それがバルカン半島、特にセルビアだった。
1912年 | 第1次バルカン戦争 オスマン帝国 vs セルビア・ギリシャ・ブルガリア |
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1913年 | 第2次バルカン戦争 ブルガリア vs セルビア・ギリシャ・オスマン帝国 |
バルカン戦争の結果
- バルカン半島(セルビア)が戦場
- ベルリン鉄道計画に支障 - オスマン帝国が欧州での領土を喪失
- ベルリン鉄道計画に支障
英外交はシャッターゾーン*であるバルカン半島で暗躍。バルカン半島の民族・宗教間の感情を煽り、支援することで無用な戦争が発生し、拡大したのだ。
2度に渡るバルカン戦争は、英国の利益に資する結果をもたらした。
ブルガリア(ドイツの同盟国として第1次世界大戦に参加することとなる)の国力を低下させることも出来た。
*シャッターゾーン - 民族、宗教など社会分断要素が多く、外国からの干渉、操作を受けやすい地域。
シベリア鉄道計画
1891年、もう一つの大陸国家ロシアは シベリア横断鉄道に着工。これは地政学上の変化をもたらす、巨大な国際プロジェクトでもあった。
ヴィッテ蔵相のリーダーシップ
- 資金 - フランス
- 技術 - ドイツ
大蔵大臣であるセルゲイ・ヴィッテの功績が大きい。良好な関係を築いたフランスから資金を調達し、ドイツとも通商条約を締結。
ロシアを英国商人に従属する穀倉地帯から、近代産業国家へ転換させつつあった。
大陸国家経済圏の誕生
露・仏・独、これこそまさに英国が恐れたユーラシア大陸の協力関係。シベリア横断鉄道で、極東の日本、清まで加われば途方もない経済圏だ。
もはやダーダネルス海峡もスエズ運河も通過する必要はなくなり、ロシアは別の国に生まれ変わる。
ロシアは経済的自立を手に入れ、かつてないほど、かつて夢見たこともないほど強い国になるだろう。A.コルカム
シベリア鉄道計画の骨抜き化
英国はシベリア鉄道の阻止には失敗。このままロシアが日本や清と生産的な関係を築けば、ユーラシア大陸の力が強大になってしまう。
そこで英国はシベリア鉄道計画の骨抜き化を懸命にはかった。
日露戦争で日本を支援
1905年 日露戦争で、英国は事前に同盟を結んでいた日本を支援。
日本国の自覚はなかったかもしれないが、日本は英国の極東における補完勢力という位置づけにあった。要するに、イギリスの代わりに日本がロシアと戦わされたのが日露戦争というわけだ。
「自国でなく、遠い海外の国家を戦場にして標的を追い詰める」のが英米流バランス・オブ・パワーの真骨頂。
敗れたロシアでは、シベリア鉄道推進者のヴィッテが首相を退任、失脚した。
英仏露 三国協商の成立 → 大陸分断に成功
ヴィッテの後継者は 英国との関係修復を主張。ロシアは中東における利権を英国に譲渡。
これにより英仏露 三国協商が完成。英国外交工作はロシア、ドイツ、フランスという大陸国家の結束妨害に成功。
ドイツ始末の準備完了 - 第一次世界大戦へ
これで第一次世界大戦でドイツを始末する舞台が整った。
バルカン戦争 | トルコ*の欧州領土没収、ブルガリア*荒廃 |
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三国協商 | ドイツとロシア・フランスの分離 |
*トルコ、ブルガリアは、第一次世界大戦でドイツ側の連合国
第一次世界大戦勃発
1914年サラエボでオーストリア帝国の皇太子が暗殺。第一次世界大戦が勃発した。
石油地政学史2 「新型燃料 石油の登場」へ続く。
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この記事のまとめ
石油地政学史①「石油戦争前夜」 - 英国グローバリズム崩壊〜1914年第1次世界大戦- 大英帝国の世界覇権は、海運・金融・資源支配の三本柱
- 大英帝国の自由貿易経済(グローバリズム)が崩壊した一方、大陸国家ドイツとロシアが保護主義的経済や鉄道建設で興隆
- 大英帝国の覇権維持のために石油地政学が登場
- 英国はベルリン-バグダード鉄道の建設妨害を決意し、バルカン半島を戦争に誘導
- 英国はシベリア鉄道建設を骨抜きにするため、日露戦争で日本を支援し、ロシア弱体化に成功
- 英仏露 三国協商とバルカン戦争でドイツを叩き潰す準備が完了 → 第一次世界大戦勃発