国防とは -「縦軸の哲学」vs 社会契約説
更新日:国防とは、外敵の侵略から国家を防衛すること。国防は国家維持の大前提である。国防がない国は存在しない。
しかし、国防は 国民の誰かが生命をかけなければ成立しない。国防精神を理解するには「縦軸の哲学」が必要であるという。どういうことか?
「社会契約説」とは
トマス・ホッブズ著「リヴァイアサン」より
国防を考える上で、我が日本国憲法を作成する前提とされる社会契約説について確認しておきたい。
社会契約説とは17〜18世紀にホッブズ、ロック、ルソーらが唱えた政治思想。国家の成立と存在理由を説明しており、フランス革命、アメリカ独立戦争に影響を与えた。
当時の絶対王政において 思想的根拠であった王権神授説。それに対抗し誕生したのが社会契約説だ。
ホッブズ、ロック、ルソーの思想にはそれぞれ違いはあるが、ここにざっくりと社会契約説の概観を復習しておく。
社会契約説による国家成立の説明
- 自然状態:
国家成立前の人間社会は支配者が存在せず、皆が自由・平等であった。 - 戦争状態:
しかし自然状態では、自由であるがゆえに人間の本性がむき出しになり、「万人の万人による闘争」が発生。 - 社会契約:
この戦争状態を脱するために、人々は「社会契約」を結び、国家を成立させた。
社会契約を結ぶ際に、人々は最初に一度 自分たちの生命・自由・権利を 国家に預けている。同時に、国家は国民の生命・自由・権利の保障を義務付けられている。
「社会契約説」で国防はできない
「国民の思想」著者八木秀次教授によると、社会契約説では国防を十分に説明できない。
どういうことか?
まず、社会契約説の主張では、国家が「個人の生命・自由・権利」を保障している。
しかし、自衛隊員たちが自らの生命・自由・権利を投げ出さないと、日本の国防は成立しない。
これは国家が「個人の生命・自由・権利」を保障する社会契約に違反している。
自衛隊員も国民であるのに、ここに平等など存在しない。
日本国憲法の欠陥
「各個人が相互契約によって生命・自由・権利を守るために国家を作った」という社会契約説の主張では、国防を説明できないのだ。
ということは、社会契約説を前提に作成された日本国憲法は、国防を説明できない欠陥品ではないか。
「縦軸の哲学」による国防の説明
やはり国防は 国家の連続性という発想によらなければ説明できない。
八木秀次
『国民の思想』より
国防は「縦軸の哲学」によってはじめて理解できる。「縦軸の哲学」とは 過去・現在・未来のつながりを重んじる保守主義の発想。
簡単にいうならば、祖先への畏敬と、子孫への愛情がなければ国防など成立しないということだ。
- 現在生きている人々が、たとえその生命・自由・財産・権利を失っても、祖先・先人が命がけで守り伝えて来た国家をなんとしても守りぬく決意
- 現在生きている人々が、たとえその生命・自由・財産・権利を犠牲にしても、国家を子や孫の代に伝えていこうという意志
※ 本稿での「縦軸」は 実際には家庭、地域、社会などの「横軸」も含まれるが、便宜上「縦軸」とまとめて呼称している。
英霊たちは社会契約で死んだのか?
実際に我が国の例を見てみよう。先の大戦で英霊たちは何のために死んだのか。
英霊たち自身の生命・自由・権利のためなのか?
そもそも英霊たちの生命・自由・権利は保障されたのか?
靖国神社を訪れた方は、敷地内にある遊就館にも足を運ばれただろうか。遊就館にある特攻隊員たちの手紙を一つでも読んでみてほしい。
海軍少尉 今西太一
お父様
フミちゃん
太一は本日、回天特別攻撃隊菊水隊の一員として出撃します。
日本男子として生まれ、これに過ぐる光栄はありません。
私達はただ今日の日本が、この私達の突撃を必要としていることを、知っているのみであります。海軍少尉 今西太一
(回天菊水隊 S19.11.20)
海軍中尉 永尾博
父さん、だいじな父さん
母さん、だいじな母さん
永いあいだ、いろいろとお世話になりました。
好子、寿子をよろしくお願いいたします。靖国の社頭でお目にかかりましょう。
ではまいります。お身体おだいじに。海軍中尉 永尾博
(第三草薙隊 S20.4.28)
英霊たちは国と家族のために散った
いずれも短い文章でシンプルだ。それなのに、世界で最も大切な宝に自分は触れてしまったような気高さを感じる。そしてどの遺書も家族への愛が詰まっている。
そう、家族への愛なのだ。
明日死ぬことが決まった若き特攻隊員たちが、この世で最期の瞬間に筆で残したのは家族への想い。特攻隊員たちが命を捧げたのは国家であったが、その国家の核心には自分の家族がいる。
特攻隊員たちは社会契約で死んだのではない。
愛する家族のために死んだのだ。祖父母・父母・妻・許嫁・兄弟姉妹・息子・娘。家族を守るためならばと、涙を呑んで散ったのだ。
靖国の桜の木の下で会おう
英霊と私たち21世紀の日本人はつながっている。令和になってもそれは変わらない。靖国は静かな祈りの場であり続けてほしい。
島倉千代子「東京だヨおっ母さん」
「縦軸の哲学」で日本を守ろう
国防は「縦軸の哲学」でなければ説明できない。「縦軸の哲学」なしに国防は成立しない。
過去の祖先、未来の子孫、愛する家族との絆こそ、私たちが国防に務める理由だ。
今そこにある危機
21世紀の日本国は、核兵器を携えた国々に囲まれている。隣国ではジェノサイドが存在。2030年には中国人民解放軍の軍事費予想額が、日本の国防費の10倍とも。
本稿を書いている最中に、ウクライナ危機2022が勃発。いや、本当は2014年から発生はしていたのだが。昨日はイランからイラクの米国大使館にミサイルが命中。
世界はカオス化。第3次世界大戦が顕在化しつつある。
私たちの世代は、とんでもない危機に直面していないだろうか。核武装を問う声も上がり始めた。国防についての国民的な議論が急がれる。
幸せな家庭こそ最強の国防
今こそ「縦軸の哲学」を取り戻す時だ。縦軸とは、つまるところ 祖先・家族・国家との絆や愛情のことである。
縦軸をつなげるのは家庭である。家庭こそが未来の日本国民を育む要だ。家庭で祖先を敬い、感謝する気持ちを子供たちに伝えよう。
健全な家庭で育った子供たちは、きっと日本を守る心が養われる。「幸せな家庭こそ、最強の国防」である。
この記事のまとめ
国防とは -「縦軸の哲学」vs 社会契約説- 国防とは、外敵の侵略から国家を防衛すること。
- 社会契約説では、国家が「個人の生命・自由・権利」を保障。
- 社会契約説では、国防を説明できない。
- 国防は、祖先への畏敬、子孫への愛情という「縦軸の哲学」がなければ成立しない。
- 「縦軸の哲学」は家庭でつながる。健全な家庭を築くことは最高の国防である。