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【リオは廃墟?ロンドンは人気エリア?】世界各国オリンピック選手村のその後20選

【リオは廃墟?ロンドンは人気エリア?】世界各国オリンピック選手村のその後20選

世界各国オリンピック選手村のその後はどうなっているのか。廃墟と言われるリオデジャネイロ選手村、人気エリアとなったロンドン選手村など。

オリンピック開催国22都市の選手村跡地を画像と共にご紹介。

先に申し上げておくが各国選手村のその後は、

  • 住宅、ホテルとして現在も活躍
  • 廃墟
  • 既存施設(学生寮)本来の役割に戻る

と、大きく三つに分かれる。

「計画」に対するお国柄、国民性がモロに出ているというのが 率直な感想である。大成功と廃墟。結果が極端だ。

  • 1924年 - パリオリンピック選手村
  • 1928年 - アムステルダムオリンピック選手村
  • 1932年 - ロサンゼルスオリンピック選手村
  • 1936年 - ベルリンオリンピック選手村
  • 1948年 - ロンドンオリンピック選手村
  • 1952年 - ヘルシンキオリンピック選手村
  • 1956年 - メルボルンオリンピック選手村
  • 1960年 - ローマオリンピック選手村
  • 1968年 - メキシコシティーオリンピック選手村
  • 1972年 - ミュンヘンオリンピック選手村
  • 1976年 - モントリオールオリンピック選手村
  • 1980年 - モスクワオリンピック選手村
  • 1988年 - ソウルオリンピック選手村
  • 1992年 - バルセロナオリンピック選手村
  • 1996年 - アトランタオリンピック選手村
  • 2000年 - シドニーオリンピック選手村
  • 2004年 - アテネオリンピック選手村
  • 2008年 - 北京オリンピック選手村
  • 2012年 - ロンドンオリンピック選手村
  • 2016年 - リオデジャネイロオリンピック選手村

日本の選手村(東京・札幌・長野)のその後については以下の記事にて解説↓

東京・札幌・長野オリンピック選手村、現在の様子【画像あり】

【リオは廃墟?ロンドンは人気エリア?】世界各国オリンピック選手村のその後20選

1924パリオリンピック、選手村の起源は「木造コテージ」

  • パリオリンピック(フランス)
  • 日程:1924年5月4日~7月27日

1924年パリオリンピック選手村周辺出典:Google earth

画像は、パリオリンピック選手村の跡地。

当時メインスタジアム周辺には、世界各国から来る選手たちのため、木造コテージが作られたという。これが好評となり、現在に至るオリンピック選手村の起源になったそう。

6万人収容のスタジアムは、現在も縮小改修されながら使用されている。

1938年サッカーワールドカップ・フランス大会の決勝の舞台にもなった。周辺は現在も住宅地のようだ。

・・・しかしよく考えたら、隣のマンションからは 試合がよく見えるのでは??

1928アムステルダムオリンピック選手村には「軍艦ルーズベルト号」を使用?

  • 1928年アムステルダムオリンピック(オランダ)
  • 日程:1928年7月28日~8月12日

アムステルダムオリンピック船出典:reddit

パリオリンピックのような選手村は、コスト面の問題で建設が断念された。選手たちは学校、ホテルに宿泊。

アメリカ代表が宿泊したのは、商用にも利用されていた「軍艦ルーズベルト号」。大西洋もこれで渡ったそうだ。

1932ロサンゼルスオリンピック、最初の選手村は「更地に」

  • 1932年ロサンゼルスオリンピック(夏季オリンピック)
  • 日程:1932年7月30日~8月14日

ロサンゼルスオリンピック選手村出典:inside the games Philip Baker

「人種・信条・文化・言語の違う選手たちが、果たして同じ村に宿泊することで問題が起きないのか?」と当時の新聞は心配した。

五輪史上初の選手村は、大成功を収めた。ただしまだ男性のみ。女性アスリートはホテルに滞在したという。

大会後の選手村は完全な更地になった。アスリートたちが使用した建物は解体、売却、移設再利用されたとか。

1936ベルリンオリンピック選手村、冷戦中の「建物」は健在

  • 1936年ベルリンオリンピック(ドイツ)
  • 日程:1936年8月1日~8月16日

ベルリンオリンピック出典:Wikipedia

ベルリンオリンピックは、ナチス・ヒトラー政権による典型的な国威発揚型のオリンピックであった。

選手村にはサウナや映画館も完備されたが、東ベルリンに位置したため、冷戦中にはソ連軍の兵舎が構えられたという。

平和の祭典のはずが、冷戦の道具に。。平和が訪れた今は、建物だけがなんとか残されている静かな場所となっている。

1948ロンドンオリンピック、正式な選手村は無い

  • 1948年ロンドンオリンピック(イギリス)
  • 日程:1948年7月29日~8月14日

1948年ロンドンオリンピック選手村Alperton community school

写真は、ロンドンオリンピック選手村の一つとなった「Alperton community school」。

オリンピックの開催は、第二次世界大戦によりベルリン大会以降 中止が続いた。12年ぶりに開催されたのが「ロンドンオリンピック」だ。

しかし、戦争敗戦国の日本、ドイツは招待されず。ソ連は参加を拒否した。

戦後まもないため、まだ配給制度が残る中での開催。デンマークからは卵16万個、オランダからはフルーツ100tが提供されたという。

正式な選手村とはいかず、男性は軍の施設、女性はロンドン大学などに宿泊した。地元選手はなんと自宅から公共交通機関で通ったそう。

1952ヘルシンキオリンピック選手村は「ホステル」として使用

  • 1952年 ヘルシンキオリンピック(フィンランド)
  • 日程:1952年7月19日~8月3日

ヘルシンキオリンピック出典:Wikipedia

前回ロンドン大会では招待されなかった日本、ドイツが参加。

一方で、ソビエト連邦の強い要求により、2つの選手村が建設された。東西両陣営の選手たちが、一つの大会で別々のエリアに宿泊することに。

世界が冷戦下に入ったことを、強く印象付けられる。

1947年のオリンピック憲章で選手村設置が義務付けられてからは、初めてとなる選手村。サウナも設置され好評だったそう。

現在は住宅、ホステルとして利用されている。周辺の景観は緑が豊かで海も近く、とても美しい。

1956メルボルンオリンピック選手村は 現在も「Olympic village」

  • 1956年メルボルンオリンピック(オーストラリア)
  • 日程:1956年11月22日~12月8日

メルボルンオリンピック選手村出典:film victoria

前回ヘルシンキ大会では東西の選手たちが別々の区域に宿泊した。

しかし、欧米から遠く離れたオーストリアのメルボルンでは、東西分け隔てなく宿泊。しばしの平和が訪れた。

大会後は公共住宅や個人に売却され、再開発も行われた。周辺は現在も「Olympic village」と呼ばれている。

1960ローマオリンピック選手村は 現在「アパート」として使用

  • 1960年ローマオリンピック(イタリア)
  • 日程:1960年8月25日~9月11日

ローマオリンピック選手村出典:affaritaliani.it

ローマオリンピック後の選手村は、いったん公務員住居に。現在は一般のアパートとして利用されている。

すぐ近くにはなんと、あの天才建築家ザハ・ハディドさん設計の国立美術館「Maxii」が。

ザハさんは予算の問題で東京大会のメインスタジアム案が却下されたが、筆者は今でも素晴らしいデザインだったと確信している。

1968メキシコシティーオリンピック選手村は一般人に「売却」

  • 1968年 メキシコシティーオリンピック(メキシコ)
  • 日程:1968年10月12日 – 1968年10月27日

メキシコシティオリンピック選手村出典:Google map

メキシコシティーオリンピックでは、聖火リレーの最終ランナーが女性だった(エンリケタ・バシリオ・デ・ソテロ氏)。これは史上初である。

五輪後、一般消費者に個別販売された初の選手村。

1972ミュンヘンオリンピック選手村、テロ事件後は「学生寮」に

  • 1972年 ミュンヘンオリンピック(西ドイツ)
  • 日程:1972年8月26日 – 9月11日

ミュンヘンオリンピック選手村出典:Wikipedia

写真はオリンピックタワーから見た選手村。

ミュンヘンオリンピックには、五輪史上最悪とされるテロ事件が選手村で発生した悲しい過去がある。

イスラエル選手9名が亡くなった。一方でパーク式(各スタジアムを一つの公園に集めて開催)を採用した初のオリンピックであった。

選手村の今はカラフルに彩られた学生寮「Olympiadorf」。

1976モントリオールオリンピック選手村は「賃貸物件」として使用

  • 1976年モントリオールオリンピック(カナダ)
  • 日程:1976年7月17日 – 8月1日

モントリオールオリンピック選手村出典:Wikipedia

債務がとても大きく、「ロサンゼルス五輪から始まる財政改革」の契機となったモントリオール五輪。

緑豊かな美しいオリンピック公園の中に、選手村は賃貸物件として今も現役。これがとても綺麗。

隣に立つモントリオールタワーは傾斜する建造物としては世界一の高さ。観光名所としても有名だ。

1980モスクワオリンピック選手村「公務員アパート」&「ホテル」に

  • 1980年モスクワオリンピック(ロシア)
  • 日程:1980年7月19日 – 8月3日

1980年モスクワ出典:Moscow hotels

「ソ連のアフガン侵攻」に怒った西側50ヶ国がボイコットしたモスクワオリンピックは、寂しい大会に。

現在の選手村建物は公務員アパート。一部は改修され「ベストウェスタン・プラス・ヴェガホテル」として活躍している。

1988ソウルオリンピック選手村、現在は「高級住宅街」に

  • 1988年ソウルオリンピック(韓国)
  • 日程:1988年9月17日 – 10月2日

ソウルオリンピック出典:中央日報

ソウルオリンピックは、12年ぶりにアメリカ・ソ連を中心とした東西冷戦の国々が参加した記念すべき大会となった。

同時に、ソウルオリンピック開催阻止を意図した、北朝鮮による「大韓航空機爆破事件」があったことも痛ましい記憶だ。

オリンピック選手村は今も住宅として活用されている。ただし家賃は金メダル級なんだとか…。

選手村隣りの広大なオリンピック公園は、なんと東京ドーム約30個分!筆者も以前訪れたが、あまりの広さに自分のいる位置がわからなかった思い出が。

現在でも各種競技場が利用されており、K―POPアイドルのコンサートが催されている。

1992バルセロナオリンピック選手村「5つ星ホテル」へと変貌

  • 1992年 バルセロナオリンピック(スペイン)
  • 日程:1992年7月25日 – 8月9日

バルセロナオリンピック選手村出典:hootelartbalcelona.com

五輪史上最も成功したと言われる バルセロナオリンピック。その選手村はどうなっているのか?

南国リゾートのような立地にそびえ立つヨーロッパの5つ星ホテル。なんとこれがかつての選手村。バルセロナは選手村の活用にも成功したようだ。

1996アトランタオリンピック選手村は、ジョージア工科大学「学生寮」に

  • 1996年アトランタオリンピック(アメリカ)
  • 日程:1996年7月19日 – 8月4日

アトランタオリンピック選手村出典:アトランタ

アメリカ南部最大の都市。アトランタオリンピック当時の選手村は今、名門ジョージア工科大学の学生寮になっている。

オリンピックプールも学生たちが使用しているという。さすがアメリカ!スケールがデカい。

2000シドニーオリンピック選手村は「移動式」だった?

  • 2000年シドニーオリンピック(オーストラリア)
  • 日程:2000年9月15日 – 10月1日

シドニーオリンピック選手村出典:dictionary of Sidney

シドニーオリンピック選手村が建設されたニューイートン地区は、もともと軍の倉庫として使用されていた。

現在は約2000世帯が生活しており、かつてのメディカルセンターは小学校として活用されている。

ところで、シドニー大会選手村の一部はなんと移動可能な簡易住宅であった。大会後はオーストリア全土に販売されたという。

2004アテネオリンピック選手村は、ほぼ「廃墟」…

  • 2004年 アテネオリンピック(ギリシャ)
  • 日程:2004年8月13日 – 8月29日

アテネオリンピック選手村出典:proodeftiki

リオ五輪選手村と並び、廃墟となったオリンピック施設群のネタにされがちなアテネ。

実際その通りなのだが、選手村だけはなんとか低所得層の住居として現在も利用されているとか。

ただし東京都議団が視察した際には、正直なところ活気に乏しい様子だったという。

2008北京オリンピック選手村は「分譲住宅」に

  • 2008年 北京オリンピック(中国)
  • 日程:2008年8月8日 – 8月24日

北京オリンピック選手村出典:treehugger

公式ソング、ハリボテなど数々の話題を提供してくれた北京オリンピック。

開催当時は部屋にバスタブが無かったり、トイレが水浸しになったりしていたという。

現在は分譲住宅「国奥村(奥運=中国語でオリンピック)」として利用されているとのこと。

2012ロンドンオリンピック選手村のその後、最貧困地域が人気エリアに

  • 2012年 ロンドンオリンピック(イギリス)
  • 日程:2012年7月27日 – 8月12日

ロンドンオリンピック出典:The teleglaph

ロンドンオリンピック選手村は「オリンピック史上最も成功した選手村」とも言われている。

もともとはロンドン市内の最貧困地域に築かれた選手村だった。それが今ではChobham Academyという学校や医療機関も併設され、住宅「イーストビレッジ」として利用されている。人気があるため、さらに増築しているとか。

選手村を含むオリンピック公園は現在、「クイーンエリザベス・オリンピックパーク」と改称。市民憩いの場として活用されている。

歩いて観戦に行けるオリンピックメインスタジアムは、現在サッカー・プレミアリーグのウェストハムが本拠地にしている。

2016リオデジャネイロオリンピック選手村のその後、廃墟となった「分譲住宅」

  • 2016年 リオデジャネイロオリンピック(ブラジル)
  • 日程:2016年8月5日 – 8月21日

リオデジャネイロオリンピック選手村出典:Wikipedia

オリンピック関連施設がことごとく廃墟と化し、世界中に話題を提供したリオデジャネイロ。

分譲住宅として販売された選手村の物件は、2017年時点で9割以上が売れ残っていたという。

選手村の建物は31棟あり、3604部屋に約1万8千人を収容する。敷地内には7万2千㎡もの緑地。実にもったいない…。

ちなみにゴルフの競技会場は今、カピバラとワニの住まいになっているとか。リオ市民はゴルフをあまりしないそうな。

この記事のまとめ

【リオは廃墟?ロンドンは人気エリア?】世界各国オリンピック選手村のその後20選

20都市の選手村「その後」を調査してみたところ、印象深かったのはアングロサクソン系の契約を大切にする文化圏の開催国。

オリンピック後、選手村が住居や公園などとして現役で活躍している例が多いようだ。


もう一つ感じたのは、オリンピック選手村の歴史は 人類の現代史と共にあったということ。

「戦争と平和」「相互理解」「新しい文化の発見と展開」。筆者には先人たちが遺した平和への爪痕が感じられた。


我々「21世紀の人類」は、テロを始めとする様々な文化的闘争の最中にある。

2020東京大会は決して東京だけのものではなく、広く世界のための「平和の祭典」であるべきだ。

筆者は 2020東京オリンピック「晴海選手村」 も実際に視察している。都心でありながら景観もいい。今回は深く触れないが、不動産として様々な声が上がっていることも承知している。

しかし街の計画自体はよく練られている。ぜひ有益なレガシーとして後世に継承してほしい。

2020年、晴海から世界平和が始まることを心から祈っている。