TOP >> ためになる話・教訓 >>

お金と悪魔 p.2

先輩から「人はお金で簡単に堕落させられる」ときいた見習い悪魔は、さっそく行動を開始することにしました。

「じゃあ先輩、行ってきま〜す」

「おう、頑張って人間たちを堕落させてこいよ! 疲れていたり、悩んでいたり、病気だったり、孤独だったりする人間は、堕落させやすいぞ」

「は〜い。先輩が教えてくれたお金・・を使って、立派に人間たちを堕落させてきます」

◆  ◆  ◆

さて、見習い悪魔が地上にやってきたところ、一人の男が目にとまりました。

その男は、朝はやく 〜 夜おそくまで、ずっと職場勤めをしているようでした。

見習い悪魔は 先輩からアドバイスされた「疲れている人間は堕落させやすい」を思い出し、その男をターゲットに定めました。


「もしもし、そこのアナタ様」

「はい、なんでしょうか?」

「驚かないでほしいのですが、私は悪魔です。今回はアナタ様にとって とびっきりの美味しい話をお持ちしました」

「悪魔!?(よくみると少し宙に浮いているし、これは本物っぽいぞ) ・・・えぇと、悪魔さんが私に何の用でしょうか?」

「はい、実は私 人間様を相手にした 寿命買取サービスを行っているところです。アナタ様はみたところ、早朝から深夜まで働きづめ。毎日、職場と家を往復し 家に帰るとシャワーと寝るだけの生活。そして大変失礼ながら、それだけ必死に働いているにも関わらず、非常〜に安月給!!
 いかがでしょうか? そんなアナタ様の寿命を 1年間分ぐらい売っていただけませんか? 金額はこれぐらいではどうでしょう?」

そういって見習い悪魔が男へ提示した金額は、男の年収の50倍でした。


「いかがでしょうか? 仕事に拘束されて自由がなく、死んでいるも同然のアナタ様の寿命。大金で買い取りいたします。
 お売りいただく寿命は たったの1年分ですから、大金を得たアナタ様はその後、楽しい人生です。こんなに美味しい話は普通ありません。
 あ、アナタ様の現在の収入は 悪魔の力で勝手に調べさせていただきました。私に嘘は通用しませんよ」

悪魔の考えはこうです。
"神から授かった寿命を自己中心的な動機で売り払うことは、神への冒涜。心は堕落し、死後に地獄堕ちは免れない。悪魔に寿命を売ったが最後、お前は永遠に悪魔の奴隷だぞ" と。

悪魔


悪魔から提案された男は、一瞬 悩んだような表情を浮かべましたが、やがて表情を引き締め 静かに言いました。

「悪魔さん、とても興味深い提案をありがとうございます。しかしお断りさせていただきます。やはり悪魔さんには、人の愛情・・というものは分からないのですね。
 たしかに私は安月給で、人生のほとんどを職場で過ごしています。しかし、私の職場というのは孤児院なんですよ。
 様々な理由で親を亡くした子供たちの親代わり・・・・を、私が務めているのです。子供たちの笑顔は 決してお金に換算できるものではありませんから」

見習い悪魔は、すごすごと引き返していきました。

◆  ◆  ◆

見習い悪魔は地獄へ戻り、先輩悪魔に報告しました。

「先ぱ〜い、先輩の言う通り お金を使って人間を堕落させようとしたら、全く通用しませんでした。なんでも、愛がどうのこうのとか」

「なに、愛だと!? この現代において、愛を使いこなせる人間がいたのか…」

「先輩、愛って何ですか?」

「愛っていうのはな、神が人間に与えた最強の切り札さ。人間たちが持っているものの中で、唯一 お金の誘惑に打ち勝つものなんだ。そんな人間は 地上から とっくに絶滅したと思っていたんだがな…」

「先輩、どうします?」

「グヌヌヌヌ…」


先輩悪魔は、愛を使いこなせる人間がいたことに ひとしきり悔しがった後、やけくそになってこう言いました。

「おい見習い! さっきはお前が提示した金額が少なかったせいだろう! こんどは別の人間を なんとしてでも堕落させてこい!」

◆ ◆ ◆

こうして見習い悪魔は、また地上にやってきました。そして、疲れ切っている女をみつけました。

「しめしめ、あんなに疲れている人間は、お金の力で簡単に堕ちるだろう」


見習い悪魔は先ほどの男と同じように「寿命買取サービス」の提案をしました。ただし今度は、寿命1年間分の買取金額を「年収の50倍」ではなく「年収の5000倍」で提示したのです。

女は悪魔からの提案をきいて しばらく考えた後、「とても魅力的な提案です。ぜひ寿命を買い取ってください」と返事をしました。


見習い悪魔は「よろしいですね? 取消しは効きません。悪魔との契約は絶対的です」と念を押します。

女は「はい、もちろんですとも。先ほど悪魔さんが提示された金額で、喜んで私の寿命をお売りします」と答えました。

それを聞いた見習い悪魔は、内心で踊りだしたいほど喜びました。
地上で人間たちが 大層ありがたがっている、お金・・と呼ばれているもの。「丸い金属」や「絵が描かれた紙」なんて、悪魔ならいくらでも作り出せるのです。

"この女はそれも知らないで、死んだ後、永遠に悪魔の奴隷になる道を選びやがった" とほくそ笑みました。

悪魔


見習い悪魔は とても良い気分になり
「さて、いかほど寿命をお売り頂けるのでしょうか? 1年間分? 2年分? あ、それから振込先の口座番号を教えてください。大金すぎて手で運べないでしょうから。
 また、いきなり口座に大金が入金されても 誰にも不自然に思われない魔法をかけて差し上げます。これは悪魔からのサービスでございます。フフフフ」
と口が軽くなります。


女は
「サービスありがとうございます。では、振込先口座はこちらになります。そしてお売りする私の寿命ですが、・・・今から3時間後からの、私の残り寿命全て・・・・・・・・でお願いします」
と答えました。

見習い悪魔はそれを聞き
「この女は正気か? いくら大金を得ても3時間しか生きられないんだぞ。人間は馬鹿だと先輩から聞いてはいたが、こんなにも馬鹿だったのか?」
と思いました。

しかし それを表情には出さず、
「かしこまりました、寿命買取の契約成立です。それではたった今、指定された口座に入金させていただきました。そして 今から3時間後に、アナタ様は寿命を使い切って死にます」


そうして見習い悪魔は、満足そうに地獄へ帰っていきました。