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三人の百姓

秋田雨雀 著『三人の百姓

【ひとこと紹介】「子供がいると毎日が楽しい」「大金よりも子供がいるほうが幸せ」 そんな "当たり前" に気づかせてくれるお話。

三人の百姓

 昔、ある北の国の山奥に一つの村がありました。その村に伊作いさく多助たすけ太郎右衛門たろうえもんという三人の百姓がありました。三人の百姓は少しばかりの田を耕しながら、その合間に炭を焼いて三里ばかり離れた城下に売りに行くのを仕事にしておりました。

 三人の百姓の生れた村というのは、それはそれはさびしい小さな村で、秋になると、山が一面に紅葉もみじになるので、城下の人たちが紅葉を見に来るほか、何の取柄とりえもないような村でありました。しかし百姓たちの村に入るところに大きな河が流れて、その河には、秋になると、岩名いわな山魚やまべが沢山に泳いでいました。村の人たちは、みんな楽しそうに、元気で働いていました。

 伊作、多助、太郎右衛門の三人は、ある秋の末に、いつものように背中に炭俵を三俵ずつ背負って城下へ出かけて行きました。三人が村を出た時は、まだ河の流れに朝霧がかかって、河原かわらの石の上には霜が真白まっしろりていました。

「今日も、はあお天気になるべいてや。」
と伊作が橋を渡りながら、一人言ひとりごとのようにいうと、ほかの二人も高い声で、

「そんだ、お天気になるてや。」
と調子を合わせて、橋を渡って行きました。

三人はいつものように、炭を売ってしまったあとで、町の居酒屋で一杯ひっかける楽しみのほか、何の考えもなく足を早めて道を歩いて行きました。


 伊作はせいの高い一番丈夫な男だけに、峠を登る時は、二人から一ちょうほども先きを歩いていました。多助と太郎右衛門は、高い声で話をしながら坂を登って行きました。二人は浜へ嫁に行っていた村の娘が、亭主に死なれて帰って来たという話を、さもさも大事件のように力を入れて話していたのでした。

 峠を越すと、広い平原になって、そこから城下の方まで、十里四方の水田がひろがって、田には黄金こがねの稲が一杯にみのっていました。

「伊作の足あ、なんて早いんだべい!」
と多助は太郎右衛門に言いました。

「ああした男あ、坂の下で一服やってる頃だべい。」
と太郎右衛門は笑いながら答えました。

多助と太郎右衛門が、峠を越して平原の見えるところまで来た時、坂の下の方で伊作が一生懸命に二人の方を見て、手を振っているのが、見えました。

「どうしたんだべいな? 伊作あ、らを呼んでるてばな。」
と多助が言いました。太郎右衛門も顔をしかめて坂の下を見下しました。

「早く来い、早く来い……面白いものがおっこってるぞ!」
という伊作の声がきこえて来ました。

「面白いものがおっこってるよ。」
と多助は、笑いながら言うと、太郎右衛門も大きな口をいて笑いました。

「伊作の拾うんだもの、ろくなものでなかべいになあ!」
と太郎右衛門は附け足して、多助と一緒に少し急いで坂を下りて行きました。


 坂の下の方では、伊作はさも、もどかしそうに、二人の下りて来るのを待っていました。

だまされたと思って、急ぐべし!」
と多助は、炭俵をがさがささせて、走って行きました。

太郎右衛門は、根がはしっこくない男でしたから、多助に遅れて、一人で坂を下りて行きました。太郎右衛門が伊作のいたところへ着いた時には、伊作と多助は大事そうにして、何か持ち上げて見たりさわって見たりしていました。

「何あ、おっこってるんだてよ?」
と太郎右衛門は間抜まぬけな顔をして、二人の立っている間へ顔を突込つっこんでやりました。

「見ろ、こうしたものあ、落ってるんだてば。」
と伊作は、少し身体からだ退けて、太郎右衛門にも見せました。

「ははあ! これあ、奇体な話でねいか!」
と太郎右衛門は叫びました。今三人の前に生れてから三月ばかりった一人の赤児あかごが、美しいきれに包まれて捨てられているのでした。伊作の話では、伊作の最初に見付けた時は、赤児はよく眠っていたということでした。

「一体何処どこの子供だべいな? いい顔つきっこをしてるのにな!」

 多助は赤児の顔を見て、
「それさ、いい着物を着て、ただ者の子供じゃあんめいよ。そんだとも、うっかり手をつけられねいぞ。かかり合いになって牢屋ろうやさでも、ぶっこまれたら大変だ。触らぬ神にたたりなしって言うわで。」
附足つけたして言いました。

「そうだども、不憫ふびんでねいか、けだものにでも見つかったら、食われてしまうでねいか?」
と、気の弱い太郎右衛門は言いました。

「子供も不憫には不憫だども、勿体もったいねい着物っこを着てるでねいか?」
平生ふだんから少し慾の深い伊作は、赤児を包んでいる美しいきれを解いて見ました。

すると、赤児の腹のところに、三角にくけた胴巻どうまきが巻きつけてありました。伊作は赤児の泣くのも耳に入らないと言うように、その財布を取り上げて、片方の端を持って振り廻して見るとその中から小判がどっさり出て来ました。それを見て、多助も太郎右衛門も吃驚びっくりしてしまいました。

んて魂消たまげた話しだ!」と多助は青い顔をして太郎右衛門を見ると、太郎右衛門は今までこんな大金を見たことがないので、きもをつぶしてしまって、がたがたふるえていました。


 伊作の発議でとにかく三人はその赤児を拾うことにきめました。

「この金はとにかく、おいらが預って置くことにすべい。」

と伊作はさっさと自分の腹へ巻きつけようとしましたので、それを見た多助は、大変におこって、伊作と喧嘩けんかを初めました。そこで伊作は仕方がないので、小判を十枚だけ多助に渡しました。そして太郎右衛門には五枚だけ渡して、

「お前に子供がないわで、この子供を育てたらよかべい。」
と言いました。

 太郎右衛門は、その時伊作に向って、
おいら、子供が不憫だわで、つれて行くども、金が欲しくて子供をつれて行くんでねい。」
と言ってどうしても金を受取りませんでした。

多助は、もし太郎右衛門が受取らなければその五枚も伊作に取られてしまうのを知っているので、是非受取るようにすすめたけれども受取りませんでした。伊作は太郎右衛門がどうしても受取らないので、その内の二枚を多助にくれて、あとの三枚を元の胴巻へ入れて、腰に巻きつけてしまいました。多助も後二枚だけ余計にもらったので、まんざら悪い気持もしませんでした。

三人は城下へ行くのをやめて、その日は自分の村へ帰ってしまいました。