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伯夷と叔斉 p.2

ある人 曰く「天道には 親(=特定の誰かとだけ親しい えこひいき)が存在しない。常に善人の味方である」とのことだ。

それでは伯夷・叔斉は、善人と呼ぶべき者であろうか? そうではないのだろうか?

あのように仁(徳)を積み いさぎよい(潔白で心にやましい点がない)はずなのに、餓死してしまった。


また孔子は、七十人の弟子のうち ただ一人 顔淵がんえんだけを「学問を好む者」として推薦した。

しかし顔淵は たびたび一文無しとなり、粗末な食事さえも充分にとれず、ついには早死にしてしまったのだ。

天が善人に報いるというのであれば、これは果たしてどういうことだろうか?


盜蹠とうせき(伝説上の大盗賊)は、毎日 罪のない人を殺し、人肉を食し、暴虐の限りをつくし、数千人の子分を従えて、天下を我が物顔で横行した。

しかし結局、盜蹠は天寿を全うして死んだ。

これは何の徳に従ったというのだろうか? これらの話は「天道にはえこひいきが存在しない。常に善人の味方である」の是非が、最も顕著にあらわれたものである。


近世においても、道理に外れた行いをし ひらすら規則を破ったとしても、生涯 楽しんで裕福に暮らし、子孫が絶えない者がいる。

その一方で、土地(所属する組織、生活拠点)を正しく選び、然るべき時に発言し、抜け道を通らず(正当ではない方法を選択しない)、公正でもなければ憤らない、そのような義人が災いに遭うケースが数え切れない。

私はとても困惑してしまう。天道は是なるか、非なるか(天道とは正しいのであろうか? 間違っているのだろうか?)

司馬遷「伯夷と叔斉」の現代日本語訳は以上です。ここからはHOTNEWS運営チームの補足となります。


最後の「天道是か非か」は有名な一文です。たしかに司馬遷が史記で問いかけているように、義を貫いたはずの伯夷と叔斉の人生は 報われませんでした。

しかし儒教の創始者である孔子(紀元前552/551年〜紀元前479年)は、この「伯夷と叔斉」を聖人とし その生き様を褒め称えています。


儒教は 紀元前136年に漢(古代中国)の国教として認められ、その後は 東アジア地域を中心に 2,000年間以上も、人々の道徳教育へ強い影響力を持つようになった思想です。

司馬遷が史記の執筆を開始したのは紀元前108年頃ですから、さすがの司馬遷も、まさか伯夷・叔斉の生き様が このように後世へ影響を及ぼすとは、思いもしなかったことでしょう。


「伯夷と叔斉」からは、下記を学べます。

  • 義人・聖人が存命中に必ずしも報われるわけではない
  • しかしその「義なる生き様」は、後世の人々へ 多大なるき影響を及ぼす


これらは、古今東西を問わず普遍的真理。

西洋では、殉教者らの生き様に感銘を受けた人々が教会を立てて キリスト教が普及しました。

キリスト教がどれほど人類の道徳心を向上させてきたのか? 一説によれば、新約聖書(イエス・キリストの教え)によって犯罪・自殺を思いとどまった人数は、少なく見積もって8億人以上。
(関連記事: イエスキリストの生き様と教え / 世界の偉人 )


また日本においては、「自らの命よりも 祖国を守ることを優先した特攻隊員」のお話は、何度 聴いても背筋を正されます。

結果として日本は戦争に負けたとはいえ、彼らの死は無駄ではありません。彼らの国を思う気持ちは、これからも未来永劫 愛国者たちの心に熱い火を灯し続けることでしょう。


さて、「天道是か非か(天は常に善人の味方なのか)」の結論です。

上述のとおり、この問いかけは 対象を「いち個人」に限定するか「多くの人類」とするかによって、是(Yes)とも 非(No)とも答えられるのです。

我々は本能的に「自らを犠牲にしても 人類全体に益をもたらす生き様」が美しいことを知っています。ぜひ、そうした英雄的人生を歩みたいものですね。